小説 「妄想の仮面」 第十一章・・・
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『妄想の仮面』 紅殻格子
十一.妻の独白(五)
またいつもの宴会が始まりました。
夕飯後のリビングでは、主人と清川君が仲良くビールを飲んでいます。
「清川、お盆休みはどうするんだ。田舎に帰るのか?」
「いえ、ちょっと旅行へでも行こうと思っています」
「へえ、そりゃ豪勢だな・・そうか、彼女と一緒のバケーションか?」
「意地が悪いですね、田口課長。そんな彼女がいたら、週末の夜、課長とビールなんて飲んでいませんよ」
私はキッチンで洗い物をしながら、
それとなく二人の会話に聞き耳を立てていました。
まるであの夜のキスが幻だったかように、
清川君はいつもと変わらない態度で、
私達家族と陽気に接しています。
もちろん私も、何事もなかったかのように、
清川君をもてなしていました。
夜九時、清川君とテレビゲームをしていた愛美が、
明日のバスケの試合に備えて寝てしまいました。
「俺、風呂入ってくる」
そして飲み疲れた主人も、私の不安をよそに浴室へ行きました。
リビングには清川君と私の二人切りです。
息が詰まるような沈黙。
L字に置かれたソファの両隅に座り、
二人はしばらく無言でテレビを見ていました。
「・・奥さん」
業を煮やした清川君が、いきなり私の隣に腰を下ろしたのです。
「き、清川君」
リビングから逃げようかと思いましたが、
金縛りのように動くことができず、
私はソファの端で体を強張らせていました。
清川君が頭を下げました。
「怒っていらっしゃるのですね」
「お、怒るとかじゃなくて・・
清川君も結構飲んでいたし、悪ふざけが過ぎたんだと思うのよ」
「確かに酔っていました。でも悪ふざけではありません。つい酒の勢いで気持ちが大きくなって・・普段から思っていることを・・・」
顔を真っ赤にした清川君は、申し訳なさそうに頭を掻きました。
「で、でも私は田口の妻なのよ。それに十三歳も年上のオバサンよ」
「いえ、年齢とかじゃなくて・・その、憧れって言うか・・」
清川君の子供のような告白に、
私まで顔が熱く上気するのがわかりました。
少女のように胸が高鳴っています。
「清川君の気持ちはわかるけど・・・
そんなことは世間が許してくれないのよ・・きっと主人だって・・」
「田口課長には申し訳ないと思っています。恩を仇で返すようなことをして・・だから会社を辞めようと思って・・」
「な、何を・・馬鹿なことを言わないで。主人は清川君を可愛がっているのよ。期待しているから、こうして家へ連れて来るんじゃないの」
「でも・・もうこれ以上はどうにもならないんです・・
奥さんのことを想うと・・・」
不意に、ソファに座ったまま、清川君が私の体を抱き締めました。
強い力です。
荒々しい呼吸とともに、清川君の厚い胸板から心臓の鼓動が伝わります。
私は清川君に抱きすくめられて、どうしていいかわからず、ただ彼の肩越しにテレビの画面をぼんやりと眺めていました。
つづく・・・