小説 「夜香木」 第十章・・・
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「夜香木」 紅殻格子
十.
(・・・おや? ・・・・)
部屋の空気が動く気配を感じて、金山和夫は目を覚ました。
隣と見ると妻の美佐江の姿がなかった。
半開きのカーテンから窓の外を見ると、そこには昼間見た明るい青緑色の海はなく、恐ろしいほどの闇があるだけだった。
浜伝いの小道には、昔ながらの街路灯の裸電球のうら寂しい明かりが、まばらな間隔でぽつんぽつんと続いている。
和夫がカーテンを閉めようとした時、街路灯の円錐形の光の中を、人影が横切るのを見た。
(・・・? あれは美佐江じゃないか?)
和夫は急いで家の中を探したが、やはり美佐江の姿はどこにもなかった。
(まだ知人もいないこの土地で、しかもこんな夜更けに、行くところなど・・・まさか)
和夫は再びカーテンを開けて目を凝らすと、岬の先端に小さな明かりを見つけた。
(温室の明かりが灯っている・・・美佐江はあの明かりを見て・・・そ、そうか夜香木と言っていたな・・・しかしいくら珍しい植物だとしても、あの内気でおとなしい美佐江が、今日会ったばかりの少年のところへ・・・少年?)
和夫は慌てて身支度すると、別荘を飛び出して美佐江の後を追った。
思えば昼間温室で見た少女のようにはしゃぐ美佐江は、二十数年共に暮らしてきた和夫も知らない妻の一面であった。
(私は美佐江のことをどのぐらい理解しているのだろうか?)
和夫は美佐江との夫婦生活を振り返って、改めて愕然とした。
家事と育児・・・それが和夫にとっての美佐江の全てであった。
結婚以来、美佐江を優秀な主婦としてしか見ていなかったのである。
主婦という役割以外の美佐江に和夫は興味もなかったし、何も求めてはいなかったのである。
(美佐江は・・・・)
つづく・・・