『人外境の花嫁』五.秘苑の懊悩者(三)
『人外境の花嫁』
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五.秘苑の懊悩者 (三)
風呂から上がった月絵は、濡れた髪をタオルで拭きながら、Tシャツとショートパンツ姿でリビングの扉を開けた。
ソファに座ってテレビを観ていた老人が、首を傾げて月絵に声をかけてきた。
「月絵、お前最近長風呂じゃないか?」
「そ、そうかな・・髪を伸ばしたから洗うのに時間がかかるのよ」
一瞬心臓が止まりそうになったが、月絵は平静を装って老人にそう答えた。
吉水金治、七十八歳。
月絵の養父である。
見た目は白髪と白髭、痩せて小柄な体躯の好々爺である。
だが時折見せる鋭い眼光は、只者ではない往年の迫力を残していた。
三年前まで金治は、ここ横浜の繁華街に地盤を持つ神農会組織、若葉会の会長だった。
横浜の香具師世界を牛耳る若葉会に長年君臨してきた金治は、代表を一人息子の吉水憲治に譲ったものの、今も裏世界に隠然たる勢力を誇る大親分である。
月絵にセクハラ言動を繰り返す編集者の畠山が、養父の金治を恐れるのは無理もないことだった。
戦後、愚連隊から香具師の世界へ身を投じた金治は、高度経済成長時代にめきめきと頭角を現した。
香具師と暴力団の境界が消えた時代。
金治はテキヤ稼業のみならず、地元横浜の風俗業と深い信頼関係を築いた。
四十代で若葉会会長に就いた金治は、暴力団との抗争を経て横浜一帯を制圧した。
その実力は、関東に勢力を張る広域暴力団も一目置くほどだった。
だが引退してからは、血生臭い現場を離れて、再び神社の祭礼などで屋台を出すのが趣味になっていた。
表向きは若い衆の教育のためだが、集まった子供達と接するのが実は楽しいらしかった。
つづく…
皆様から頂くが小説を書く原動力です
人気ブログランキング~愛と性~
紅殻格子の日記は「黄昏時、西の紅色空に浮かぶ三日月」に記載しています。
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風呂から上がった月絵は、濡れた髪をタオルで拭きながら、Tシャツとショートパンツ姿でリビングの扉を開けた。
ソファに座ってテレビを観ていた老人が、首を傾げて月絵に声をかけてきた。
「月絵、お前最近長風呂じゃないか?」
「そ、そうかな・・髪を伸ばしたから洗うのに時間がかかるのよ」
一瞬心臓が止まりそうになったが、月絵は平静を装って老人にそう答えた。
吉水金治、七十八歳。
月絵の養父である。
見た目は白髪と白髭、痩せて小柄な体躯の好々爺である。
だが時折見せる鋭い眼光は、只者ではない往年の迫力を残していた。
三年前まで金治は、ここ横浜の繁華街に地盤を持つ神農会組織、若葉会の会長だった。
横浜の香具師世界を牛耳る若葉会に長年君臨してきた金治は、代表を一人息子の吉水憲治に譲ったものの、今も裏世界に隠然たる勢力を誇る大親分である。
月絵にセクハラ言動を繰り返す編集者の畠山が、養父の金治を恐れるのは無理もないことだった。
戦後、愚連隊から香具師の世界へ身を投じた金治は、高度経済成長時代にめきめきと頭角を現した。
香具師と暴力団の境界が消えた時代。
金治はテキヤ稼業のみならず、地元横浜の風俗業と深い信頼関係を築いた。
四十代で若葉会会長に就いた金治は、暴力団との抗争を経て横浜一帯を制圧した。
その実力は、関東に勢力を張る広域暴力団も一目置くほどだった。
だが引退してからは、血生臭い現場を離れて、再び神社の祭礼などで屋台を出すのが趣味になっていた。
表向きは若い衆の教育のためだが、集まった子供達と接するのが実は楽しいらしかった。
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