『妻の娼婦像』 第十二章
『妻の娼婦像』
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(十二)
裸娼婦を巡る口論の後、ますます晶子は家を空けることが目立つようになった。
リストラされた敬一が家庭での力を失っていくのと対照的に、晶子は働くことで絶対的は権力を手に入れた。
高松に重要な仕事を任されて忙しいからだといって、晶子は就寝時間以外の殆んどの時間を、画家の家で過ごすようになった。
朝、翔太を学校に送っていくと同時に家を出て、夜遅くまで高松の家から戻って来なかった。
そして翔太の学校が終わると塾のない日は高松の家に行き、夜まで自宅に戻らなくなっていた。
やはり晶子は翔太を手放さないつもりらしい。
翔太自身も晶子の影響か、時々失業した敬一に対して小馬鹿にした口を利くようになっていた。
ローンが残る我が家に、敬一は一人でいる時間が多くなった。
あいかわらず仕事は見つからない。
仕事を見つけようとする意欲も徐々に薄れ始めていた。
敬一が残り少ない退職金から生活費を渡さなくても、晶子と翔太は高松の家で困りもしない。
今や敬一の収入など、誰も当てにしていなかった。
「明日の個展の準備で、今夜徹夜になりそうだから、翔太と高松先生の家に泊るわ」
一方的に晶子はそう言うと電話を切った。
遅くなっても必ず帰宅していた晶子が、いよいよ外泊を宣言したのだ。
(もう我慢できない)
敬一は日本酒を呷って家を出ると、高松の屋敷に向かった。
梅雨明け間近の青々とした月が中天に輝き、夜道を冷たく照らしている。
(髪を引っ掴んででも連れ戻してやる)
ここまで侮辱されても、敬一は晶子と別れようとは思わなかった。
もしリストラされる前だったら、潔く離縁を言い渡していただろう。
しかし会社という社会との接点を失った敬一は、今や家族だけが心の支えだった。
もしその家族を失えば、敬一は砂を噛むような孤独に身を置くはめになるだろう。
敬一は月の光を頼りに、低いブロック塀を乗り越えて高松の家に潜入した。
広い敷地を覆う竹林が、外の住宅地から屋敷を完全に隔絶している。
中空から差し込む月光で青緑色に彩られた竹林の先に、洋館の黒々とした陰があった。
目を凝らすと、黒い陰の中にちらっと光が見える。
敬一は足を忍ばせて屋敷に近づいた。
大きな窓に引かれたカーテンの僅かな隙間から、部屋の明かりが漏れていた。
つづく…
皆様から頂くが小説を書く原動力です
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裸娼婦を巡る口論の後、ますます晶子は家を空けることが目立つようになった。
リストラされた敬一が家庭での力を失っていくのと対照的に、晶子は働くことで絶対的は権力を手に入れた。
高松に重要な仕事を任されて忙しいからだといって、晶子は就寝時間以外の殆んどの時間を、画家の家で過ごすようになった。
朝、翔太を学校に送っていくと同時に家を出て、夜遅くまで高松の家から戻って来なかった。
そして翔太の学校が終わると塾のない日は高松の家に行き、夜まで自宅に戻らなくなっていた。
やはり晶子は翔太を手放さないつもりらしい。
翔太自身も晶子の影響か、時々失業した敬一に対して小馬鹿にした口を利くようになっていた。
ローンが残る我が家に、敬一は一人でいる時間が多くなった。
あいかわらず仕事は見つからない。
仕事を見つけようとする意欲も徐々に薄れ始めていた。
敬一が残り少ない退職金から生活費を渡さなくても、晶子と翔太は高松の家で困りもしない。
今や敬一の収入など、誰も当てにしていなかった。
「明日の個展の準備で、今夜徹夜になりそうだから、翔太と高松先生の家に泊るわ」
一方的に晶子はそう言うと電話を切った。
遅くなっても必ず帰宅していた晶子が、いよいよ外泊を宣言したのだ。
(もう我慢できない)
敬一は日本酒を呷って家を出ると、高松の屋敷に向かった。
梅雨明け間近の青々とした月が中天に輝き、夜道を冷たく照らしている。
(髪を引っ掴んででも連れ戻してやる)
ここまで侮辱されても、敬一は晶子と別れようとは思わなかった。
もしリストラされる前だったら、潔く離縁を言い渡していただろう。
しかし会社という社会との接点を失った敬一は、今や家族だけが心の支えだった。
もしその家族を失えば、敬一は砂を噛むような孤独に身を置くはめになるだろう。
敬一は月の光を頼りに、低いブロック塀を乗り越えて高松の家に潜入した。
広い敷地を覆う竹林が、外の住宅地から屋敷を完全に隔絶している。
中空から差し込む月光で青緑色に彩られた竹林の先に、洋館の黒々とした陰があった。
目を凝らすと、黒い陰の中にちらっと光が見える。
敬一は足を忍ばせて屋敷に近づいた。
大きな窓に引かれたカーテンの僅かな隙間から、部屋の明かりが漏れていた。
つづく…
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