『妻の娼婦像』 第十章
『妻の娼婦像』
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(十)
晶子の生活が変わった。
朝、朝食をつくり翔太を学校へ送ると、その足で高松の家に向かう。
午前中、高松の家で朝食と昼食を用意して、空いた時間で広い家の掃除をする。
午後は家に戻って家事を済ませ、翔太の迎えに出かける。
夕方になると再び高松の家で夕食の支度をして、次は家の食事にとりかかるといった具合である。
土曜と日曜は基本的に休みで、高松が国内や海外へ製作に出かける時も休みが貰える。
しかし高松の家と自宅の家事を両方こなすのはなかなか大変なようだった。
「先生がわがままで疲れるわ。折角つくった食事でも、気にいらないと全く手をつけないんだから。頭に来ちゃう」
最初の頃、晶子はよく敬一を恨めしそうな顔で睨んで愚痴をこぼした。
「この間なんか、アトリエが散らかっていたから、親切心で掃除したら怒鳴られちゃったわ。ちょっとカンパスの位置を動かしただけなのに」
敬一は専ら妻の聞き役に回り、慰めるのが仕事になった。
「時々私に描きかけの絵を見せて、ヴァルールがどうのこうの、マチエールがどうのこうの、そんなの私にわかるわけないのに、くどくど説明するのよ。疲れちゃうわ」
「あ〜あ、働くのって大変ね。いつまで私にこんな仕事をさせる気なの?あなた、早くいい再就職先を見つけてよ」
そんなことをこぼしながらも、晶子は休むことなく画家の家へ通い、パート勤めを続けた。
一カ月もすると慣れてきたのか、晶子は敬一に文句を言わなくなった。
家事の他にも、高松の仕事の手伝いをするようになったのだという。
画材の用意と後かたづけ、モデルの世話等、家事以外に画家の助手として仕事を任されて、晶子も面白くなってきたのだろう。
個展の準備が忙しいと、午後や土日も高松の家へ出かけることが多くなった。
そして仕事がまだ見つからない敬一が、逆に家事や翔太の送り迎えをさせられるはめになった。
そんなある日、探し物があって押入れの中を調べていると、奥の方に高価なブランド品のバックや靴が積まれているのに敬一は気がついた。
勿論、敬一が買ってやったものではない。
しかも埃を被っていない最新モードである。
(一体これは…?)
リストラされてからというもの、敬一はブランド品を買えるような金を晶子に渡したことがなかった。
またパートの給料ではとても手が出せない代物である。
(男でもいるのか?)
敬一は顔から血の気が失せていくのを感じながら、押入れからブランド品を全て掻き出した。全部で十点もあった。更にブランド品の陰に隠れていた大きな紙袋も見つけた。
紙袋を開けると、中から額縁に入った一枚の絵が出てきた。
(こ、これは?)
押入れに隠されていた絵は裸婦像だった。
薄い暖色の背景の中に、両腕を頭の後ろで組んだ女の上半身が、淡いパステルで写実的に描かれている。
こんもりと形の良い乳房とくびれたウエストの形に敬一は見覚えがあった。
(まさか…)
改めて絵のモデルの顔をじっくりと見た。妻の晶子だった。
絵の中の晶子は敬一の視線を避けるように、澄ました顔で斜め前を見ている。
そしてその絵の隅には、〈S.TAKAMATSU〉とサインが記されていた。
つづく…
皆様から頂くが小説を書く原動力です
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晶子の生活が変わった。
朝、朝食をつくり翔太を学校へ送ると、その足で高松の家に向かう。
午前中、高松の家で朝食と昼食を用意して、空いた時間で広い家の掃除をする。
午後は家に戻って家事を済ませ、翔太の迎えに出かける。
夕方になると再び高松の家で夕食の支度をして、次は家の食事にとりかかるといった具合である。
土曜と日曜は基本的に休みで、高松が国内や海外へ製作に出かける時も休みが貰える。
しかし高松の家と自宅の家事を両方こなすのはなかなか大変なようだった。
「先生がわがままで疲れるわ。折角つくった食事でも、気にいらないと全く手をつけないんだから。頭に来ちゃう」
最初の頃、晶子はよく敬一を恨めしそうな顔で睨んで愚痴をこぼした。
「この間なんか、アトリエが散らかっていたから、親切心で掃除したら怒鳴られちゃったわ。ちょっとカンパスの位置を動かしただけなのに」
敬一は専ら妻の聞き役に回り、慰めるのが仕事になった。
「時々私に描きかけの絵を見せて、ヴァルールがどうのこうの、マチエールがどうのこうの、そんなの私にわかるわけないのに、くどくど説明するのよ。疲れちゃうわ」
「あ〜あ、働くのって大変ね。いつまで私にこんな仕事をさせる気なの?あなた、早くいい再就職先を見つけてよ」
そんなことをこぼしながらも、晶子は休むことなく画家の家へ通い、パート勤めを続けた。
一カ月もすると慣れてきたのか、晶子は敬一に文句を言わなくなった。
家事の他にも、高松の仕事の手伝いをするようになったのだという。
画材の用意と後かたづけ、モデルの世話等、家事以外に画家の助手として仕事を任されて、晶子も面白くなってきたのだろう。
個展の準備が忙しいと、午後や土日も高松の家へ出かけることが多くなった。
そして仕事がまだ見つからない敬一が、逆に家事や翔太の送り迎えをさせられるはめになった。
そんなある日、探し物があって押入れの中を調べていると、奥の方に高価なブランド品のバックや靴が積まれているのに敬一は気がついた。
勿論、敬一が買ってやったものではない。
しかも埃を被っていない最新モードである。
(一体これは…?)
リストラされてからというもの、敬一はブランド品を買えるような金を晶子に渡したことがなかった。
またパートの給料ではとても手が出せない代物である。
(男でもいるのか?)
敬一は顔から血の気が失せていくのを感じながら、押入れからブランド品を全て掻き出した。全部で十点もあった。更にブランド品の陰に隠れていた大きな紙袋も見つけた。
紙袋を開けると、中から額縁に入った一枚の絵が出てきた。
(こ、これは?)
押入れに隠されていた絵は裸婦像だった。
薄い暖色の背景の中に、両腕を頭の後ろで組んだ女の上半身が、淡いパステルで写実的に描かれている。
こんもりと形の良い乳房とくびれたウエストの形に敬一は見覚えがあった。
(まさか…)
改めて絵のモデルの顔をじっくりと見た。妻の晶子だった。
絵の中の晶子は敬一の視線を避けるように、澄ました顔で斜め前を見ている。
そしてその絵の隅には、〈S.TAKAMATSU〉とサインが記されていた。
つづく…
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