『捨 て 犬』 第二章
『捨 て 犬』
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(二)
若いMRに続いて、ライバル製薬会社の早坂和久が入ってきた。
「おう、早さん、今朝は遅いじゃないか」
梅原が声をかけると、早坂はママにコーヒーを注文して同じテーブルに座った。
取引先の病院では火花を散らす間柄だが、年が近いこともあって、仕事以外では彼と妙に馬が合う。
「今朝は本社から人事部が来てさ、早期退社制度の説明があったんだよ」
早坂はおしぼりを取り、冬だと言うのに脂性でテカテカした額を拭いた。
「お宅もいよいよか…」
「ああ、五十歳から五十五歳の社員が、早期退社制度の対象になるらしい。もし早期退社を希望すれば、退職金に年収の二年分が加算される仕組みさ、梅さんとこは?」
「うちもほとんど同じだけど、それに加えて役職定年制度があるよ。五十五歳になると、役職を取られて平社員に格下げされるんだ。給料も三割カットだよ」
「本当にひどい話だな。年寄りは働かないと決めつけたような制度だ!」
血圧の高い早坂は、髪に薄い頭までかっと赤く染めた。
その時、ママが早坂のコーヒーをテーブルに運んできた。
「あら、早坂さん、早期退社するの?」
「冗談じゃないよ。うちはまだ子供が中学生だし、家のローンも残っているんだから」
「でも本人が残りたくても、会社からいびり出されるんでしょ」
心臓に針を刺すような言葉を、ママは平然と言ってのけた。
そうでなくとも、昨今の中高年サラリーマンいじめはひどい。
給料が高い割に働かないとか、パソコンも使えない時代遅れとか、会社が公然と誹謗中傷する。そんな針の筵で居眠りを続けるには、かなりの勇気と度胸が必要だ。
ううむ、早坂は腕組みして唸った。
「もしそうなったら、俺、この店でママに雇ってもらうわ。もちろん夜もベッドの上でママのために働くよ」
と、早坂は目にも留まらぬ早業で、脂の乗った弾力のある尻を撫でた。
「やだ、早坂さんのエッチ」
小娘のような声をあげたままは、まんざらでもない仕草で早坂の背中を叩いた。
脈ありと見たのか、早坂は、早期退社の話を忘れてママを口説き始めた。
「おいおい、朝から元気だな」
梅原は早坂の明るさを羨ましく思った。
彼ならばその持前のバータリティーで、残り十年の厳しいサラリーマン人生をまっとうできるに違いない。
梅原は再び窓の外に目を遣った。
灰色の雲が空一面に垂れ込め、街路樹の枯葉が木枯しに追われて逃げ惑っている。
(早期退社か…)
梅原は心の中でそっと呟いてみた。それも人生の選択肢のひとつに違いない。
サラリーマン人世の終盤に至って、梅原はひどく疲れを感じ始めていた。
つづく…
皆様から頂くが小説を書く原動力です
「黄昏時、西の紅色空に浮かぶ三日月」に戻る
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若いMRに続いて、ライバル製薬会社の早坂和久が入ってきた。
「おう、早さん、今朝は遅いじゃないか」
梅原が声をかけると、早坂はママにコーヒーを注文して同じテーブルに座った。
取引先の病院では火花を散らす間柄だが、年が近いこともあって、仕事以外では彼と妙に馬が合う。
「今朝は本社から人事部が来てさ、早期退社制度の説明があったんだよ」
早坂はおしぼりを取り、冬だと言うのに脂性でテカテカした額を拭いた。
「お宅もいよいよか…」
「ああ、五十歳から五十五歳の社員が、早期退社制度の対象になるらしい。もし早期退社を希望すれば、退職金に年収の二年分が加算される仕組みさ、梅さんとこは?」
「うちもほとんど同じだけど、それに加えて役職定年制度があるよ。五十五歳になると、役職を取られて平社員に格下げされるんだ。給料も三割カットだよ」
「本当にひどい話だな。年寄りは働かないと決めつけたような制度だ!」
血圧の高い早坂は、髪に薄い頭までかっと赤く染めた。
その時、ママが早坂のコーヒーをテーブルに運んできた。
「あら、早坂さん、早期退社するの?」
「冗談じゃないよ。うちはまだ子供が中学生だし、家のローンも残っているんだから」
「でも本人が残りたくても、会社からいびり出されるんでしょ」
心臓に針を刺すような言葉を、ママは平然と言ってのけた。
そうでなくとも、昨今の中高年サラリーマンいじめはひどい。
給料が高い割に働かないとか、パソコンも使えない時代遅れとか、会社が公然と誹謗中傷する。そんな針の筵で居眠りを続けるには、かなりの勇気と度胸が必要だ。
ううむ、早坂は腕組みして唸った。
「もしそうなったら、俺、この店でママに雇ってもらうわ。もちろん夜もベッドの上でママのために働くよ」
と、早坂は目にも留まらぬ早業で、脂の乗った弾力のある尻を撫でた。
「やだ、早坂さんのエッチ」
小娘のような声をあげたままは、まんざらでもない仕草で早坂の背中を叩いた。
脈ありと見たのか、早坂は、早期退社の話を忘れてママを口説き始めた。
「おいおい、朝から元気だな」
梅原は早坂の明るさを羨ましく思った。
彼ならばその持前のバータリティーで、残り十年の厳しいサラリーマン人生をまっとうできるに違いない。
梅原は再び窓の外に目を遣った。
灰色の雲が空一面に垂れ込め、街路樹の枯葉が木枯しに追われて逃げ惑っている。
(早期退社か…)
梅原は心の中でそっと呟いてみた。それも人生の選択肢のひとつに違いない。
サラリーマン人世の終盤に至って、梅原はひどく疲れを感じ始めていた。
つづく…
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