『再びの夏』 第十五章
『再びの夏』(十五)
FC2 R18官能小説
(十五)
由紀子は戸惑った。
「で、でもまだ五十五よ。会社を辞めてもすぐ再就職するんでしょ?」
「いや。とりあえずは失業保険をもらって、のんびりと家で過ごそうと思うんだ。退職金と年金、それに今までの蓄えがあれば、当面生活の心配はない。再就職するかどうかは、その後ゆっくり考えることにするよ」
「……」
「八十歳まで生きるとすればあと二十五年、まだまだ先の長い人生だ。今までは会社一筋でかまってやれなかったが、これからゆっくり夫婦二人でできる趣味を探して、共白髪で暮らしていこうと思うんだ」
郁夫は薄い頭を掻いた。
由紀子は軽い眩暈を覚えた。
(共白髪ですって?)
老いは確実にやってくる。
いつかは郁夫も退職し、夫婦二人の暮らしが始まることはわかっていた。
だが由紀子の頭の中では、郁夫は死ぬまで馬車馬のように働き続ける予定になっていた。
それが突然百八十度の方向転換だ。
(今更、迷惑だわ)
今回の京都旅行だけでも、郁夫と二人でいる息苦しさに、由紀子は四苦八苦していた。
それが四六時中、しかも二十五年となると、考えただけで胃に穴が開きそうだった。
生き地獄だ。
(ああ、これが神の裁きなのかしら)
酒を飲んで上機嫌な郁夫を前にして、由紀子は絶望的なため息をついた。
大島邦彦を思った。
確かに由紀子は、郁夫を裏切って邦彦との愛欲に身を沈めた。
だがそれは、家庭を顧みない夫が悪いのだ。
結婚して三十年、家事も育児も立派にこなしてきた。
貞淑ではなかったかもしれないが、それも郁夫は預かり知らぬ秘密であって、妻としての役割は十分務めてきたはずだ。
(なのに何故?)
由紀子は、不遇の運命を突きつける神に、心の中で沸き立つ苛立ちをぶつけずにはいられなかった。
つづく…
皆様から頂くが小説を書く原動力です
「黄昏時、西の紅色空に浮かぶ三日月」に戻る
FC2 R18官能小説
(十五)
由紀子は戸惑った。
「で、でもまだ五十五よ。会社を辞めてもすぐ再就職するんでしょ?」
「いや。とりあえずは失業保険をもらって、のんびりと家で過ごそうと思うんだ。退職金と年金、それに今までの蓄えがあれば、当面生活の心配はない。再就職するかどうかは、その後ゆっくり考えることにするよ」
「……」
「八十歳まで生きるとすればあと二十五年、まだまだ先の長い人生だ。今までは会社一筋でかまってやれなかったが、これからゆっくり夫婦二人でできる趣味を探して、共白髪で暮らしていこうと思うんだ」
郁夫は薄い頭を掻いた。
由紀子は軽い眩暈を覚えた。
(共白髪ですって?)
老いは確実にやってくる。
いつかは郁夫も退職し、夫婦二人の暮らしが始まることはわかっていた。
だが由紀子の頭の中では、郁夫は死ぬまで馬車馬のように働き続ける予定になっていた。
それが突然百八十度の方向転換だ。
(今更、迷惑だわ)
今回の京都旅行だけでも、郁夫と二人でいる息苦しさに、由紀子は四苦八苦していた。
それが四六時中、しかも二十五年となると、考えただけで胃に穴が開きそうだった。
生き地獄だ。
(ああ、これが神の裁きなのかしら)
酒を飲んで上機嫌な郁夫を前にして、由紀子は絶望的なため息をついた。
大島邦彦を思った。
確かに由紀子は、郁夫を裏切って邦彦との愛欲に身を沈めた。
だがそれは、家庭を顧みない夫が悪いのだ。
結婚して三十年、家事も育児も立派にこなしてきた。
貞淑ではなかったかもしれないが、それも郁夫は預かり知らぬ秘密であって、妻としての役割は十分務めてきたはずだ。
(なのに何故?)
由紀子は、不遇の運命を突きつける神に、心の中で沸き立つ苛立ちをぶつけずにはいられなかった。
つづく…
皆様から頂くが小説を書く原動力です
「黄昏時、西の紅色空に浮かぶ三日月」に戻る