『捨 て 犬』 最終章
『捨 て 犬』
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(十五 )
午前中の診察を終えた富岡クリニックは、まだ十人以上の患者たちが、待合室で薬と会計を待っていた。
見覚えのある髪の薄い丸顔の男が、つかつかと事務室に入ってきた。
「失礼します。新大阪製薬の早坂です。先生はお手隙でしょうか?」
「おう、早さん」
机で帳簿をつけていた梅原は、立ち上がって早坂を手招きした。
「梅さん、ずいぶん事務長姿が板についてきたな」
梅原は白衣を指差して大笑いすると、早坂は販促品のボックス・ティッシュを机の上に五つも積み上げた。
梅原は新東京製薬を退職した後、富岡クリニックで事務長として働いている。
ホテルでの夜、英子を抱いた後、
「仕事でも私を支えて下さい」
と、泣いてせがまれたからだった。
英子は、富岡クリニックをベッド数五十ほどの病院にする計画を持っていた。
病院を設立するとなれば、建設業者や銀行との交渉、看護婦や栄養士の労務管理等、とても医療の片手間ではできない仕事が増える。
その夢の実現のために、信頼できるパートナーが欲しかったのだ。
英子は正直に謝った。
あの雪の日に退職させるよう支店長に連絡したのも、シンポジウムの後、ホテルの部屋に招いたのも、全ては梅原をパートナーとして引き抜くための計画だったのだ。
(この人が欲しい)
頬を叩かれた時、英子はそう直感したと言う。
ホテルでは緊張のあまり高飛車な態度をとったが、バスローブで迎えたのは、梅原に抱かれるのを心待ちにしていたからだった。
考えようによっては、体を餌にしたと勘ぐられても仕方ないが、梅原は悪い気がしなかった。
プライドの高い英子が、体を差し出してまで梅原を頼ってきたのだ。
たとえ一人の女でも、そこまでされれば男冥利に尽きるというものだ。
診察を終えた英子が事務室に入ってきた。
「あら、早坂さん」
「先生、お世話になっています。今、少しお時間戴けますか?」
目ざとい早坂は英子の隣に瞬間移動した。
「ごめんなさいね。今日はこれから建設会社との打ち合わせで、梅原さんと外出しなければならないの」
英子は明るくなった。
気持ちにゆとりができたのか、MRに対しても穏やかに接するようになっていた。
「じゃあ、梅原さん。先に車で待っていますから」
英子はそう言うと、早坂に頭を下げて事務所を出て行った。
梅原も白衣を脱いで、外出する準備を始めた。
背後で、薬剤師と事務員のクスクス笑う声が聞こえた。
「先生はいつも、梅原さん、梅原さん、ばかりよね。まるで恋人同士みたい」
梅原は聞こえないふりをした。
建設業者と昼食を取りながら打ち合わせするのは本当だった。
だがその後、午後の診察が始まる三時まで、梅原と英子は近くのラブホテルで二人だけの時間を過ごす。
それが日課になっていた。
(仕方ない…公私共に頼られたら)
そうニヒルに呟きながらも梅原は、捨て犬を拾ってくれた飼い主の体を、今日はどうやって喜ばせてやろうかと思い巡らせていた。
―閉幕―
皆様から頂くが小説を書く原動力です
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午前中の診察を終えた富岡クリニックは、まだ十人以上の患者たちが、待合室で薬と会計を待っていた。
見覚えのある髪の薄い丸顔の男が、つかつかと事務室に入ってきた。
「失礼します。新大阪製薬の早坂です。先生はお手隙でしょうか?」
「おう、早さん」
机で帳簿をつけていた梅原は、立ち上がって早坂を手招きした。
「梅さん、ずいぶん事務長姿が板についてきたな」
梅原は白衣を指差して大笑いすると、早坂は販促品のボックス・ティッシュを机の上に五つも積み上げた。
梅原は新東京製薬を退職した後、富岡クリニックで事務長として働いている。
ホテルでの夜、英子を抱いた後、
「仕事でも私を支えて下さい」
と、泣いてせがまれたからだった。
英子は、富岡クリニックをベッド数五十ほどの病院にする計画を持っていた。
病院を設立するとなれば、建設業者や銀行との交渉、看護婦や栄養士の労務管理等、とても医療の片手間ではできない仕事が増える。
その夢の実現のために、信頼できるパートナーが欲しかったのだ。
英子は正直に謝った。
あの雪の日に退職させるよう支店長に連絡したのも、シンポジウムの後、ホテルの部屋に招いたのも、全ては梅原をパートナーとして引き抜くための計画だったのだ。
(この人が欲しい)
頬を叩かれた時、英子はそう直感したと言う。
ホテルでは緊張のあまり高飛車な態度をとったが、バスローブで迎えたのは、梅原に抱かれるのを心待ちにしていたからだった。
考えようによっては、体を餌にしたと勘ぐられても仕方ないが、梅原は悪い気がしなかった。
プライドの高い英子が、体を差し出してまで梅原を頼ってきたのだ。
たとえ一人の女でも、そこまでされれば男冥利に尽きるというものだ。
診察を終えた英子が事務室に入ってきた。
「あら、早坂さん」
「先生、お世話になっています。今、少しお時間戴けますか?」
目ざとい早坂は英子の隣に瞬間移動した。
「ごめんなさいね。今日はこれから建設会社との打ち合わせで、梅原さんと外出しなければならないの」
英子は明るくなった。
気持ちにゆとりができたのか、MRに対しても穏やかに接するようになっていた。
「じゃあ、梅原さん。先に車で待っていますから」
英子はそう言うと、早坂に頭を下げて事務所を出て行った。
梅原も白衣を脱いで、外出する準備を始めた。
背後で、薬剤師と事務員のクスクス笑う声が聞こえた。
「先生はいつも、梅原さん、梅原さん、ばかりよね。まるで恋人同士みたい」
梅原は聞こえないふりをした。
建設業者と昼食を取りながら打ち合わせするのは本当だった。
だがその後、午後の診察が始まる三時まで、梅原と英子は近くのラブホテルで二人だけの時間を過ごす。
それが日課になっていた。
(仕方ない…公私共に頼られたら)
そうニヒルに呟きながらも梅原は、捨て犬を拾ってくれた飼い主の体を、今日はどうやって喜ばせてやろうかと思い巡らせていた。
―閉幕―
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